玉  門  関

 

 玉門関までの砂漠地帯

敦煌から 100Km 往復で3時間コース

 玉門関は、国の西の端で、これから先は タクラマカン砂漠となる 

 トイレ休憩

 360度がトイレ

道は砂漠との境がなく、前の車のわだちを目安に走る

 あるようで無い砂漠の道

 

 道路わきにかたまっている岩塩(というよりも 塩のかたまり)
 河倉城

西域を守る兵士たちの食料を蓄える倉

日干し煉瓦でできた漢の時代のもの

観光客は我々だけ

 疏ろく河の湿地帯
 河倉城 

 一応は、柵が設けられている

  かなり大規模な倉庫であった様子がうかがえる
近くに川があり、草もはえている
漢の時代の長城

玉門関とつながっていた長城

形がはっきりと残っている

遠くに見える遺跡は、のろし台
 土とあし(または わらのようなもの)を交互に塗り固めた土塁のようなものであるが、2000年も残っているというのは不思議な気がする

 それだけ雨量が少ないといえるのだ

 これが玉門関

当時の関所のようなもので、その一部分

 漢族と他民族との最前線の地であり漢の国の重要なちてんとされていた

玉門関

漢族が他民族の進入を防いだ最前線基地である 

中国のシルクと西方の玉とを交換したことからこの名がついたようだ